2025年11月13日にNetflixで世界独占配信されたドラマ『イクサガミ』は、岡田准一主演で大きな話題を呼び、配信初週に86の国と地域でTOP10入りという快挙を達成しました。
今村翔吾氏による原作小説を映像化した本作は、明治時代を舞台にした侍たちのデスゲーム「蠱毒」を描いています。
しかし、本作で描かれているデスゲーム「蠱毒」の目的などについては現状明かされておらず、その目的については不明となっています
そこでこの記事では作中で登場する「コロリ」という病気や、物語の核となる「蠱毒」という概念について、史実や歴史的背景を踏まえながら考察していきたいと思います
・コロリ(コレラ)という病気について
・明治時代の時代背景
・イクサガミ蟲毒の目的(考察)
・イクサガミを見た視聴者の反応
イクサガミコロリ(コレラ)は実在した病気
作中で「コロリ」と呼ばれる病気は、実在した感染症「コレラ」のことを指しています。
作中では主人公・嵯峨愁二郎の妻子や、少女・香月双葉の母親がこの病に苦しむ姿が描かれています。
また「虎狼痢(ころり)」という漢字表記も使われており、これは当時実際に使用されていた表記法の一つだそうです
明治時代に猛威を振るったコレラ
コレラの原発地はガンジス川下流のインドのベンガル地方と考えられ、1817年にカルカッタで起こった流行はアジア全域とアフリカに達しました。
日本では江戸時代末期から明治時代にかけて、何度も大流行が発生しています。
また、安政5年(1858年)のコレラでは江戸だけで10万人が死亡し、著名な浮世絵師・歌川広重もこの病で命を落としました。
コレラは激しい下痢と嘔吐を引き起こし、脱水症状によって急速に死に至る恐ろしい病気でした。
「ころりと死ぬ」ことからその名がついたとも言われています。
このことから2019年ごろに流行ったコロナと字面が似ているものの、全く別物であることが伺えます
『イクサガミ』の舞台・明治11年(1878年)のコレラ流行
物語の舞台となる明治11年は、まさにコレラ流行の年でした。
1877年秋、西南戦争の帰還兵がもちかえったコレラを水際でくい止められず、全国的流行へと発展しています。
この時期の流行は特に深刻で、明治10年9月には長崎及び横浜にコレラが侵入し、患者13,816人、死者8,027人という大惨事となりました。
1879年には162,637人が罹患し、105,786人が死亡するという、近年で最大の大流行となっています。
当時の人口約3500万人を考えると、これがいかに深刻な事態だったかが伺えますね
漢字表記の多様性が示す恐怖
他のも、コレラには様々な漢字の当て字がありました。
「虎列刺」「虎狼狸」などの当て字が広まり、「鉄砲」「見急」「三日コロリ」などとも呼ばれました。
これらの表記からは、当時の人々がこの病気をどれほど恐れていたかが伝わってきます。
「虎」の字が使われたのは、千里を駆ける虎のように瞬く間に伝染していく様子を表現したものになります
明治19年の錦絵『虎列刺退治』では、虎の頭部に狼の胴体、狸の巨大な睾丸を持つ妖怪「虎狼狸(コロリ)」として描かれ、人々の恐怖心が視覚化されています。
こうした意味で『イクサガミ』で愁二郎が妻子の治療費を工面できず苦しむ姿は、まさに当時の貧しい人々の現実を反映しています。
医療を受けるには金が必要であり、金がなければ家族を失うしかない――この残酷な現実が、物語の重要な動機となっています
イクサガミの時代背景について
物語の舞台となる明治11年(1878年)は、日本史上極めて重要な転換期でした。
前年の1877年には西南戦争が起きており、政府による武士の特権剥奪や廃刀令などを背景に西郷隆盛が率いる士族と明治政府が対立していました。
西南戦争は日本最後の内戦とされていますが、実際には戦後も不平士族による要人の暗殺や襲撃が相次いでいました。
明治11年1月には岩倉具視が襲撃され重傷を負うなど、社会は依然として不安定な状況でした
武士という存在の消滅
『イクサガミ』の参加者たちは、時代に取り残された武士たちです。
廃刀令によって刀を持つことを禁じられ、士族の特権も次々と剥奪されていきました。
かつて誇り高き戦士として生きてきた彼らは、明治の世では「居場所を奪われた猛者たち」に過ぎませんでした。
主人公・嵯峨愁二郎も、かつて「人斬り刻舟」と恐れられた剣の達人でしたが、今は貧しい生活を送っています。
戊辰戦争でのトラウマから刀を抜けなくなった彼の姿は、武士という生き方そのものが終焉を迎えた時代を象徴しています。
文明開化の光と影
明治時代は「文明開化」という言葉で語られることが多いですが、その華やかさの裏には深刻な格差と貧困があったようです
西洋文化が流入し、都市部では近代化が進む一方で、多くの庶民は日々の生活に困窮していました。
コレラの流行は、こうした社会の矛盾を浮き彫りにしました。
裕福な者は医者にかかり治療を受けられますが、貧しい者はただ死を待つしかありません。
『イクサガミ』における10万円(現在の価値で数十億円)という莫大な賞金は、この格差社会において絶望的な状況に追い込まれた人々を誘う「悪魔の囁き」として機能しています。
文明開化という言葉だけで見ると華やかなイメージを連想させますが、格差社会であったことは意外な印象を受けますね
実在の歴史人物の登場
『イクサガミ』の興味深い点は、実在の歴史人物が登場することです。
蠱毒の実態を探る大久保利通を井浦新、警視局のトップである川路利良を濱田岳、大久保の右腕である前島密を田中哲司が演じています。
これらの人物は明治政府の中枢にいた実在の政治家たちです。
フィクションである「蠱毒」のデスゲームと、実在の歴史人物が交差することで、物語にリアリティと緊張感が生まれています。
実際、大久保利通は明治11年の翌年、明治12年(1879年)5月に暗殺されることになります。
このことから不平士族による暴力の脅威は、決して物語の中だけのものではなかったことが分かります
イクサガミ蟲毒の目的は何?
「蠱毒(こどく)」は、古代中国において用いられた呪術で、中国華南の少数民族の間で受け継がれているものです。
代表的な術式として、ヘビ、ムカデ、ゲジ、カエルなどの百虫を同じ容器で飼育し、互いに喰らわせ、勝ち残ったものが神霊となるためこれを祀るとされています。
この呪術の本質は、「最強の一匹を選別する」ことにあります。多数の毒虫を一つの容器に閉じ込め、殺し合いをさせることで、最も強力な毒を持つ存在を生み出すという発想です。
『イクサガミ』における蠱毒の比喩
『イクサガミ』では、この古代中国の呪術が人間のデスゲームに置き換えられています。
作中では292人の参加者が木札を奪い合いながら東京を目指し、最終的に9人が生き残れば賞金が与えられるというルールです。
これは文字通り「人間蠱毒」と言えます
毒虫の代わりに武芸に秀でた人間たちを、容器の代わりに京都から東京までの道のりに閉じ込め、互いに殺し合わせる。そして最後まで生き残った「最強の戦士」を選別する流れになっています。
誰が何の目的で蠱毒を開催したのか
ここからは考察になりますが、蟲毒を開催する目的について以下の理由が考えられるのではないでしょうか
- 強い武士を殲滅するため(反乱分子をなくすことで社会を安定させたい)
- 最強の武士を選別することで軍事戦力として利用する
- 金持ちの金儲けのために娯楽利用したい
物語において、この蠱毒を主催しているのは謎の存在「槐」です。
莫大な賞金を用意し、全国から武芸者を集めてデスゲームを開催しています。
ドラマ版では、政府の要人である大久保利通が蠱毒の実態を調査しようとする姿が描かれています。
これは、蠱毒が政府にとっても脅威となる可能性を示唆しています。
また、作中では蟲毒により多くて9人が生き残ることが判明している点を考慮すると、「最強の武士を選別することで軍事戦力として利用する」目的が一番可能性としては高いのではないでしょうか
少なくとも強い武士を殲滅したいのであれば、蟲毒でわざわざ9人残す必要性はないと考えられます
こちらについてはあくまで憶測になるため、続編で明かされることを期待したいですね
イクサガミを見た視聴者の反応
『イクサガミ』は配信開始直後から大きな話題となりました。
配信初週にNetflix週間グローバルTOP10(非英語シリーズ)で2位を獲得し、86の国と地域でTOP10入りという快挙を達成しています。
SNSでは「一気見必須」「アクションのレベルが高すぎる」という感想が飛び交い、特に岡田准一の圧巻のアクションシーンが高く評価されました。
岡田准一は本作でプロデューサーとアクションプランナーも兼任しており、その卓越した殺陣は「スタントなし」「武術師範の技術」として多くの視聴者を魅了しています
視聴者から特に注目されたのは、時代劇とデスゲームという異なるジャンルの融合です。
『バトル・ロワイヤル』や『イカゲーム』を思わせる命懸けのサバイバル、『るろうに剣心』のような剣術アクション、そして『呪術廻戦』の死滅回游に似た木札を奪い合うルール――これらの要素が見事に組み合わさっています。
また、全6話の物語は、続編を予感させる終わり方をしています。
視聴者の間では「シーズン2はあるのか」「原作の続きはどうなるのか」といった議論が活発に行われています。
原作小説は『天・地・人・神』の四部作で完結しており、ドラマ版は第一部『天』を中心に描いています。
今後残りの物語が映像化されることに期待したいですね
まとめ
今回はコロリ」という病気や、物語の核となる「蠱毒」という概念について、史実や歴史的背景を踏まえながら考察していきました
『イクサガミ』は、史実とフィクションを巧みに織り交ぜた傑作です。
作中の「コロリ」は実在したコレラであり、明治11年という時代設定も綿密な歴史考証に基づいています。
コレラの大流行、廃刀令後の武士たちの困窮、西南戦争の余波――これらすべてが史実として存在した出来事です。
続編への期待も高まる中、この物語が今後どのように展開していくのか、多くのファンが注目しています。
歴史とフィクションの交差点に立つ『イクサガミ』は、単なるアクション作品を超えて、人間とは何か、社会とは何かを問いかける深い作品なのかもしれませんね

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